4 爆笑・百円軍団!宮古島 

4月11日

 昨日たっぷり電池を充電して、洗濯もしたが生乾きのまま履いて6時にキャンプ場を出る。45分遅れの7時30分に飛龍は石垣出港した。

 石垣と宮古の中間で多良間島を見る。のっぺりーとしたさんご礁の島。11時45分に宮古島についた。石垣島と違って潮風で錆びついた色あせた街並み。

 渡りゆさんの後を追うように島の南にある前浜ビーチのキャンプ場に泊まるが、砂だらけでいやになってくる。テントの中も砂まみれになり、ベトベトして気持ち悪い。

 このキャンプ場は無料だが下地町役場に行って許可を取りに行く。役場はすごい新しくきれいで、企画課の職員の応対もいい。そしてトイレもきれいなのでついでに排糞する。

 夜はいつものようにわたりゆさんのテントを囲む。そして二人のライダーも必ずやって来る。一人は博多の”パンツくん”。ホンダTL125に乗るパンツくんは博多弁丸出しでキャンプ場でもパンツ一丁で歩くからこの名がついた。

 もう一人は坊主頭にシリアスな顔つきの”修行僧”。彼は高知ナンバーの2ストオフ車のCRM250にバカデカイ衣装ケースを積んで走っている。

 この二人は、西表の星の砂キャンプ場でも例のわんぱく女と一緒にいたのだが、気がついたら私と同じ風にここまでやってきた。便数の少ない離島航路ではよくあることだ。

 パンツくんと修行僧、「この男、信じられん」と、お互いけなし合っているくせにすごく仲がよくなり、二人とも女にモテない代わりに(笑)いつも二人で恋人のように行動するようになっていった。笑える。

 ところで残念な事に、今日はデジカメに使う単三電池と充電器を夜7時から11時の間の充電中に盗まれてしまった。200mほど離れた所に屋外ステージがあって、そこには箱つきのコンセントがあってみんなそこで携帯の充電をしていた。

 どうやら地元の人間がコンセントの場所を知っていて盗むのだろう。後日、そこで充電中携帯を盗まれた人もいると聞かされたときはやっぱりやられた!と後悔した。

 まあ自分のやっている事は盗電行為(笑)なので文句を言う事も出来ない。これからは単車のバッテリーから電池を充電する方法を考えよう。

4月13日

 一年のうちのこの時期、干潮時になるとサンゴの島が現れる、八重備瀬を池間島から見てみるが、あまりたいしたことはない。チャーター船は8000円もして足元見られる。

 そして、池間大橋の手前の広場では、盆踊りみたいなのをやっているのだが、なぜか晴れて暑いのに黒服を着た人や黒い車がやたら多い。893の出入りなのかと思ったけど、どうやら偉い人が来るらしい。

 おばあたちがはっぴ着て島踊りを踊っているうちに、一人の男がやってきた。実は彼こそ片山総務大臣だったのだ!

 踊っていたおばあを囲んで大臣は記念撮影。そばにいたおばあの口からしあわせだね〜なんていっていた。単純なものよのう。

 総務大臣は東京からの直行便で宮古入りし、離島の対策と町村の合併について協議しに来たわけだが、そのあとはすぐに石垣に飛ぶんだと。

 そして総務大臣と黒服の連中も去っていき、広場には何事もなかったかのように静けさが戻った。

4月14日

 パンツくんと修行僧、わたりゆさんは南の島ですっかり買い物にはまっていた。観光もせず(とはいっても一日で回れる小さな島だし)毎日行くところといったら平良のメイクマン(ディスカウントホームセンター)とか百円ショップ。もう退屈な島ではすることがないのでぶらぶら店内を覗いてはいろいろ買っていくのでどんどん帰りの荷物が増えていく。ある意味プチ買い物依存症になってきたな(笑)

 そんな彼らが、弁当を何個か買ってきた。なんと彼らはスーパーの4〜500円の弁当を100円で買ってきたのだ!100円にまで値切るなんてその神経の図太さには恐れ入った。いくら私でもこれにはかなわない。本当にここのライダーはめちゃくちゃドけちでがめつい(笑)

 日用品は百円ショップ、スーパーの弁当まで百円で買ってくる、「疾風怒濤の百円軍団」!!

 とはいっても、アフロあきらも翌日からしっかり弁当をなんとか百円に値切っていた。

4月15日

 今日はタブーの島、大神島に行く。この島はよそ者嫌いの島で有名だが、そう聞くと余計に行きたくなるのがアフロくん。何故よそ者嫌いかというと、昔海賊に島の住民が滅ぼされて大浦の兄妹だけが残り、島の住民は兄妹の子孫だけという説、海賊キッドが宝を埋めたとかで大勢宝探しがやってきたりで荒されたりしたり色々理由がある。

 ちょっとビビりながら宮古島の島尻からバイクを置いて7時50分クルージングボートに乗る。4km先のピラミッド状の大神島が目の前に見える。乗客はランドセルしょった小学生や学校の教師や地元の人、あと観光客風の女性もいた。

 10分で大神島についた。この島は人口42人の島なので車もない。原付は何台かあるがナンバープレートなんかついていない。島に警察なぞいないので、スクーターにはノーヘルで自転車代わりに乗っててもう外国そのもの。先ほどの教師も、車で島尻まで行き、クルージングボートに乗り換えて大神に通っているようだ。

 大神小中学校に唯一の観光案内版(?)が書かれてあったが、地名がイズナンンとかトゥーズヤマ、プナイパーなどと、まるでアイヌ語かスワヒリ語のような地名。生徒数もピーク時の1960年は小中あわせて70人いたのだが、グラフを見ると減少の一途で、現在は3人ほどしかいない。過疎のきわまりである。

 海岸線沿いに歩くと車の必要性がないので道路は狭い。歩きでも充分端までいける。今度は島のてっぺん、遠見台へ登る。

 森の中には四角いコンクリート製の祠、御嶽(うたき)が何個かあるが、よそ者は絶対入ってはいけない。まあ、まわりに誰もいないことだし覗いてみようかな、と思ったけど島民にばれたらどうされるかわからないし、島民を尊重してやめにする。

 張られたロープを使って遠見台に到着。標高75m。いわばピラミッドのてっぺんに登ったようなもので、お山の大将のように360度見渡せる。宮古島や池間島、その間の橋もよく見える。

 山を降りて、集落に入る。すれ違ったおばぁは無関心だったが、少しハンディキャップド気味の中年のおじさんにどこから来たのと挨拶される。

 これを機会に島のこととかいろいろ話してみる。過疎化のなやみ、近くの店、おじさんは結構親切な感じがして、これで大神島のイメージも変わった。やはり最近はおおらかになってきたようだ。

 というのも、出発する前は、百円軍団に「大神島に入る前に百円ショップで鎌を買ったほうがいい。島民に襲われた時に鎌で闘うのだ」なんてバカ話されたけど、そんな人と戦う?なんてじつに申し訳ない気分だった

 その人に、のどがかわいたらジュースでも買えると、教えてもらった商店に入ってみると、民家の中にカップめんや缶詰とかしか売ってなかった。

 12時35分、さっきの連絡ボートに乗り45分に宮古島へ戻った。


 このあと、土産に幻の泡盛「ニコニコ太郎」(笑)を買おうと宮古島の西原の集落を回るが、ス−パーもない。この辺でしか売っていない貴重な泡盛。そして前泊商店という小さな店に入ると、店の奥におばぁが4人いて会話していたけど、

「うぎゃらぬんいん毎日まいにち、たじゃいさおうてらり〜・・・・」といった宮古言葉なので何を言っているのか理解できない。ちょうど韓国語を聞いてる気分だ。

 店内でうろうろしているとおばぁに見つかり、今度はややたどたどしい日本語で「なにを探してるのか」と言われ、「ニコニコ太郎」と答えると

「太郎はね、そこを右にまがりなさい」、と命令される(笑)

 やっと太郎に遭遇。一升ビンはでかいので600mlのビンで550円。小銭だらけになるので1100円を渡し500円玉と50円玉のおつりが返ってくると思ったが、おばぁは1000円札だけ受け取り、450円のおつりをくれた。

 いつも画一的なマックスバリュや百円ショップで買い物していたので、この小さな商店でのやりとりが大発見だった。

4月16日

 今日は宮古島の隣の伊良部島に行く。人口7000人の島で、特に見るものはないな、と思ったけど、わたりゆさんが、街並みがナポリに似ているといわれたのでどんな島か行ってみることにした。 確かに古びた雰囲気と坂が急なところはナポリだが、家や街並みはもはや日本と言うより中国(華南)とか東南アジアという感じだ。正直言って豊かとはいえない。だが東京など首都圏の画一化された住宅街よりは確かに味がある。そのあとは白鳥岬でシュノーケリングをした。 宮古から本島に帰るわかなつおきなわと言うフェリーに乗ったのだが、飛龍よりうんと狭くて、空調設備が壊れて船内は暑く息苦しいし、地元の人間が泡盛のんで騒いでいたため、最悪だった  

4月17日〜21日

 沖縄本島に戻り、那覇のベスト電器にて宮古で盗まれたニッケル水素単三電池の充電器を買いなおす。まあ普段インターネット使わしてもらっているから御祝儀代わり。

 考えてみれば出発してから一ヶ月たった。―3℃から31℃の真冬から真夏の世界を味わった。だけどさすがに一ヶ月以上全力で放浪してきたせいか旅に疲れだしてきた。

 もう帰る日も近いので、国際通りの土産屋ではちんすこうを買っておく。150円と120円のがあった。国際通りの土産屋曰く、「こっちが(150えんのが)いいですよ。120円のは安い分まずいよ!」だって。自分の店の商品をけなす店員と言うのも珍しいものだ(笑)

 ドル札で買い物もできるJimmysという輸入品中心の高級スーパーに入る。そのために今日銀行で660円払って5ドルに両替したのだが、かつてドルが流通していたので今でもスムーズに両替がすむと思いきや、本土と同様えらい時間がかかった。

 そしてその店で試しに5ドルを払うと$1=¥125という事になり、625円を払った事になって、買い物したら390円のお釣りが来た。

 米軍関係の店が連ねるコザの空港通り。ビンテージものの店、ハーレーショップなど。そこではゲームセンター「キララ」に入る。みのもんたのような主人と美人妻、高校生の息子が店番。この店も場所柄ドルと交換でき、1ドルで100円玉にしてくれる

 ぶらりと立ち寄っただけなのだが、とても感じが良くて初めて入ったのについつい主人といろんな旅の話などをする。当然店内も感じが良くてプリクラに夢中な女子中学生なども自然にやってくるのほどで、不良なんてやってこない健全な遊戯場だ。

 なんとも主人の父はアキラなのだそうで、同じじゃい、と親近感が沸く。

 夜は女村の陰部ビーチ、ではなく恩納村の伊武部ビーチで建物の軒下で寝る。

 海洋博公園に行く。海洋博は27年前にとっくに終わっているのだが、イベントや会場などはそのまま今なお続けられている。

 博覧会の時からの続けている、毎日五回行われるいるかのショー、オキちゃん劇場は素晴らしい。鴨川シー○ールドで見れるようなショーがただで見れるから本当に国営沖縄海洋公園はえらいです。ありがたい。海洋文化館(170円)もいろんな船が展示され、プラネタリウムもあってすばらしかった。






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